学芸員による美術コラム

「花見の定番は桜じゃなかった!?」2018/04/04 

今年は桜の開花が例年よりも早く、残念ながら、ソメイヨシノはもう大分散ってしまいました。美術館の中庭の河津桜は昨年の12月頃から咲き始め、3月頃まで咲いていたので、ソメイヨシノより長持ちでした。

 ところで、花見といえば桜ですが、昔から桜が定番であった訳ではありません。

 その昔、といっても花見が始まったのは奈良時代あたりと言われておりますが、その頃は花見といえばもっぱら梅がその主役でした。

 もともと、中国より梅が持ち込まれ、貴族たちがこぞって梅を眺めたのが花見の始まりとされます。

 中国では「松竹梅」という言葉通り、松と竹と梅は吉祥のシンボルとして愛でられていました。「歳寒三友(さいかんのさんゆう)」という語源通り、松と竹は冬にも色褪せず、梅は寒中に花開くということで中国の文人に好まれたことがその起源です。

 このように奈良時代は梅を楽しむ習慣がありましたが、それ故、日本美術にも多くの梅の花が描かれています。有名なところでは、みなさんご存知の尾形光琳の「紅白梅図屏風」です。国宝にも指定されているこの画は日本美術のシンボル的な存在といえます。

 この他にも、江戸時代中期の絵師、伊藤若冲の「梅花皓月図」や狩野永徳の「梅花禽鳥図」など枚挙にいとまがありません。

 もちろん、平安時代以降は花見の主役が桜に移ったこともあり、日本美術に桜が登場してきますが、圧倒的に梅の方が多いような気がします。

 千鳥ヶ淵や六義園の桜もいいですが、来年は熱海や偕楽園の梅でお花見をしてみてはいかがでしょうか?

 

「贋作を見破れますか?」2018年4月1日

4月1日、エイプリル・フールということで「ウソ」にちなんだお話。

美術業界ではウソがはびこっています。なんて言うと元も子もないですが、美術史には消したくても消せない、とんでもないウソにまつわる事件が多々あります。

有名な事件では、フェルメールにまつわるものが面白い。

20世紀初頭のオランダ人、ヘンリクス・アントニウス・ファン・メーヘレンはフェルメールの贋作を売り大金を得たとして逮捕されました。

もともと画家を志していたメーヘレンでしたが、なかなか成功せず挿絵を販売するなど鳴かず飛ばずの生活が続きます。次第に自分を認めない美術業界への恨みから贋作に手を染めるようになったのです。

そこで目をつけたのが、フェルメールなどの17世紀オランダ絵画。当時は研究が進んでいなかったため、比較的簡単に偽物を作ることがでました。

しかし、手口は非常に巧妙で、キャンバスや額縁には17世紀の無名画家のものを使用。さらに絵の具、絵筆、溶剤も当時と同じものを自作したとされます。仕上げには墨を使い、古びた風合いを出しフェルメールの作品を量産しました。

そのようにして作られた「エマオの食事」(1936年)はフェルメールの真作と認められ美術館に購入されました。

そんな彼も遂にウソがばれて逮捕、起訴されます。

きっかけはナチス・ドイツの高官に売ったフェルメールの絵画が贋作だとばれてしまったこと。当初は長期の懲役刑が確実視されていましたが、メーヘレンは自分が贋作に手を染めたことを自ら告白します。

面白いのが、法廷で実際にフェルメール風の作品を描いて贋作の実証をしたことです。また一連の贋作に対してX線写真などの鑑定が行われ、晴れて贋作が証明されました。

時あたかも1945年、第二次世界大戦の終焉の時。メーヘレンは贋作による売国奴から一転してナチス・ドイツを騙した英雄と評されるようになります。

結局、ナチス・ドイツへの絵画の販売に関しては無罪となり、フェルメールの贋作に関しては禁錮1年という非常に軽い刑になったのです。

メーヘレンの事件を詳しく知りたい方は「フェルメールになれなかった男:20世紀最大の贋作事件」が筑摩書房より出版されていますのでお勧めします。

 

「美術の展示をどのように観るか?」2018年3月1日

皆さんは美術館の展示をどのように観ていますか?

多くの方が一番最初のあいさつ文を読んで、そのまま順路通りに進む(恐らく混雑した人混みの流れに身を任せて・・・)のではないでしょうか。

もちろんそのような見方を否定するつもりはありません。
そのような見方で満足しているのであれば、それはそれで良いと思います。

しかし、私はそのような見方に満足できません。
そのような読書のような見方は、美術の面白みを味わうには向かないと思うからです。

小説であれば、起承転結、最初から順を追って読むのが普通ですが、美術の展示は小説ではありません。

では、どのように観るか?

はっきり言ってルールはありません。
自分の好きな絵(作品)を好きなだけ観ればいいと思います。

そのために、なるべく自分の感性に従って観たいので、私はまず展示室に入ったらフラフラと作品を眺めながら展示室をウロウロします。

ちょっと気になる作品があってもじっと観たりはしません。一通り最後の展示室を見終わるまでチラ見を続けます。もちろんこの段階ではキャプションも見ません。

最初は展示されている作品の中で、自分に語りかけてくるものを見つける作業が大事だと思います。

次に先ほど目星をつけた作品を今度はじっくり観ていきます。もちろんキャプションも見て題名と作品の関係なんかにも思いをはせるのがこの段階です。

作品鑑賞は体験と同義語だと思います。だからその作品を前にしたときに自分に起こる感情の変化や胸の高まり、高揚感などを感じ取り、それがなぜ起こるのかを分析していくと自分の嗜好や好きな絵の傾向などが分かると思います。

初めは好きか嫌いかで作品を鑑賞するのもありだと思います。自分の好きな絵の傾向が分かれば、絵への興味がぐっと高まります。

最初から美術の歴史や技法、制作背景などを知る必要はありません。作品鑑賞に正解はありません。
ぜひ、自由に作品を鑑賞してもらいたいと思います。

そして、できればそこで感じた感覚や気持ちなどを、誰かに話してもらいたいと思います。誰かと話すことで人は「つながる」ことができるからです。

しかも美術館には美術好きな人が集まっているはずです。もし、近くに誰もいないのなら、ぜひ、美術館スタッフに話しかけてみてください。私も含め、フタッフは他人がどんな感想を持っているのか知りたがっているからです。

金谷美術館の展示が新たなコミュニケーションを生む契機となることを切に願います。

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